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東京地方裁判所 昭和45年(特わ)549号 判決

被告人 日栄電機産業株式会社(代表者代表取締役 牧野十三男) 外一名

主文

1  被告人日栄電機産業株式会社を罰金一〇〇万円に

被告人牧野十三男を罰金五〇万円に

それぞれ処する。

2  被告人牧野十三男において右罰金を完納することができないときは、一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となる事実)

被告人会社日栄電機産業株式会社は、昭和四〇年四月までは東京都葛飾区奥戸本町八一六番地に、同年五月からは同都同区奥戸本町四六八番地に製造場を設け、昭和四一年法律第三四号(同年四月一日施行)による改正前の物品税法一条別表掲記第二種第三類二一号、右改正後は同別表第二種の物品九番9号によりそれぞれ課税物品とされている扇風機の製造販売業を営むもの、被告人牧野十三男は、被告人会社の代表取締役として同会社の業務一切を統轄しているものであるが、被告人牧野十三男は、被告人会社の業務に関し、別紙記載のとおり昭和四〇年四月から七月まで、同四一年四月から八月まで、および同四二年四月から七月までの間(ただし被告人会社については昭和四〇年四月から七月まで、および同四一年四月から八月までを除く)扇風機合計一〇三、四二九台(この課税標準額二〇八、二三七、二〇〇円、物品税相当額三二、七九一、二〇〇円)を前記製造場より移出販売したものであるところ、被告人会社においては昭和三九年六月一日国税庁長官からパンフレツト、単価シールにより小売価格を明示することについて物品税法一三条一項の規定に該当する旨の確認をうけていたので、各月の納税申告書に記載する課税標準額は、右製造場より移出した際当該扇風機についてパンフレツト・単価シールにより明示した小売価格を基準として算出し、右課税標準額およびこれに対する税額を申告すべきであるのにかかわらず、移出した扇風機のほとんど大部分につき右移出の際明示した小売価格よりも低価な価格を基準として課税標準額を算出したうえ、同都葛飾区立石六丁目一番地所在所轄葛飾税務署において同税務署長に対し右期間中に扇風機合計一〇三、二四三台を移出したが、その課税標準額は合計一五六、二六八、七〇〇円で、物品税額は二四、六七六、七二〇円である旨記載した虚偽の納税申告書を提出し、もつて不正の方法により物品税合計八、〇六〇、一一〇円を免れたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、証人佐藤昇に対する当裁判所の尋問調書、押収してある物品税関係書類一冊(昭和四六年押一、一三三号の28)によると、被告人会社は、その製造する扇風機について昭和三九年四月三〇日国税庁長官に対し、物品税法一三条のいわゆる一定率適用の確認を申請し、同年六月一日その確認を受けたこと、その後同四〇年四月二七日、同四一年四月一四日および同四二年四月二八日いずれも所轄葛飾税務署長あてに銘柄番号の変更を理由として「一定率適用物品の小売価格変更等届出書」を提出して引続き一定率により物品税の申告をしていたことが明らかである。

ところで、物品税法一三条のいわゆる一定率適用の確認とは、その物品が一定率の適用を受けることのできる第二種の物品であるかどうかおよびそれが製造場から移出される際小売価格が明らかにされているかどうかについてこれを確認し、適合するものについて承認するということであつて、これを小売価格の点についてみると、その確認の内容は、確認のための申請書に記載された小売価格(以下、申請小売価格という。)そのものではなく、あくまで移出時における「小売価格の明示」の有無についての確認であると解すべきである。

前記の各証拠によると、被告人会社は、その製造にかかる扇風機の小売価格の明示方法として、パンフレツト、単価シール等消費者に入手されるものに小売価格を表示する方法(物品税法施行規則一二条一項二号)を採用していたことが明らかである。そして右各証拠によると、被告人会社がその移出の際扇風機に付した単価シール(プライスカード)の明示小売価格は次のとおりである。

昭和四〇年度 NS―六五〇 三、七〇〇円

同      NS―七五〇 三、八〇〇円

昭和四一年度 NF―五六〇 三、八〇〇円

同      NF―六六〇 三、八〇〇円

同      NF―七六〇 三、九〇〇円

昭和四二年度 LF―五七〇 四、一〇〇円

同      LF―六七〇 四、一〇〇円

同      LF―七七〇 四、四〇〇円

したがつて、被告人会社は、右各年度において、右明示小売価格を課税標準の基礎として物品税の申告をなすべき義務があつたものというべきである。しかるに証人佐藤昇に対する当裁判所の尋問調書、葛飾税務署長作成の「物品税法違反事件関係書類の追送について」と題する書面(昭和四五年四月四日付)によると、被告人会社は右各年度において申請小売価格を課税標準の基礎として物品税の申告をしていたことが認められる。右物品税申告の基礎とした申請小売価格は次のとおりである。

昭和四〇年度 NS―六五〇 二、九〇〇円

同      NS―七五〇 三、一〇〇円

昭和四一年度 NF―五六〇 二、九〇〇円

同      NF―六六〇 二、九〇〇円

同      NF―七六〇 三、一〇〇円

昭和四二年度 LF―五七〇 二、九〇〇円

同      LF―六七〇 二、九〇〇円

同      LF―七七〇 三、一〇〇円

したがつて、被告人会社は、前記明示小売価格を課税標準の基礎として算出した物品税額と右申請小売価格を課税標準の基礎として算出した物品税額(申告税額)との差額を免れたものというべきである。

二、ところで、弁護人は、「被告人は被告人会社製造の扇風機に前記認定の価格の単価シールが付されていたことを知らなかつた。」旨主張し、被告人も、当公判廷において、同旨の供述をしている。しかしながら、証人佐藤昇に対する当裁判所の尋問調書、証人柴田敏彦の当公判廷における供述によると、被告人会社の総務部長で物品税の申告等を担当していた佐藤昇が、証人として、「被告人は被告人会社の製造する扇風機に、申請小売価格よりも高い価格の単価シールが付されていたことを知つていたと思う。」旨供述していること、被告人は、単価シールに明示される小売価格に強い関心をもつており、例年シーズン始めに被告人会社と小泉産業株式会社との間で行われる右小売価格決定のための交渉の経過について営業部長である柴田敏彦から報告を受けていたこと、さらに、被告人が社長として自社製品に付された単価シールの価格を知らないということは極めて不自然であつて通常考えられないこと、また小売店の店頭等でも特に自社製品については注意して見ていると考えられること等を総合して考えると、被告人は被告人会社の製造する扇風機に申請小売価格よりも高い前記認定の単価シールが付されていたことを知つていたものと認めるのが相当である。

三、次に、弁護人は、「被告人には脱税の犯意がなかつた。すなわち、前記単価シールに表示された小売価格は移出先である小泉産業株式会社から要求され、やむなく同社の意向にそつた小売価格を表示したものであつて、被告人会社の意思とは全く関係のない価格である。したがつて、被告人としては、実勢小売価格に近い適正な価格である申請小売価格を課税標準の基礎として物品税の申告をすれば適法であつて何ら脱税になるものではないと信じていた。」と主張するので、右被告人の認識の点を検討する。

証人佐藤昇に対する当裁判所の尋問調書によると、被告人会社において物品税の申告関係を担当していた佐藤昇は、被告人会社が国税庁長官に対し一定率の適用を受けるための確認を申請した際、税務署から、右確認を受けた後は単価シール等に明示した小売価格を課税標準の基礎としなければならない旨の説明を受け、その旨を社長である被告人にも概略説明したことが認められる。右事実によると、被告人は、物品税の申告にあたつては、単価シール等に明示した小売価格を課税標準の基礎としなければならないことを知つていたものと一応いうことができる。しかしながら、(証拠略)によると、前記単価シールに明示された小売価格は、移出先である小泉産業株式会社の強い要求により被告人会社の反対にもかかわらずほとんど強制的につけさせられた価格であること、被告人は、当公判廷において終始脱税の意思を否定しているところ、捜査当時においても脱税の意思を否定していたとみられること(被告人の検察官に対する各供述調書中には、脱税の意思を認めたかの如き記載が各所にあるが、弁護人がその弁論要旨において指摘するとおり、その記載自体あいまいであるうえ、その記載の前後にこれと矛盾する供述記載があつて、右各調書全体を通してみると、被告人は右検察官に対する各供述調書においても、申請小売価格による納税が適法であると信じていた旨、すなわち脱税の意思はなかつた旨を供述しているものと解せられる。)、被告人会社においては、扇風機の移出台数については故意に虚偽の申告をした事実はなく、また単価シール等の作成、これの扇風機への取付け、扇風機の移出作業等の過程においてことさら単価シールを秘匿隠蔽し、あるいは移出先である小泉産業株式会社等に対し単価シールの秘匿隠蔽を依頼するなどその明示小売価格について税務当局の調査を偽るような工作をした形跡は全くないこと、本件期間中、税務署からの調査があつて税務署員が被告人会社の工場において扇風機に付せられる単価シールを目撃しているのにかかわらず申告方法の過誤等について何らの行政指導もなかつたこと等の事実が認められる。右事実を総合して考えると、被告人としては、物品税の申告にあたり、単価シールに明示した小売価格を課税標準の基礎としなければならないことを一応知つてはいたが、本件のように、単価シールの小売価格が被告人会社の意思とは無関係に定められたような場合には、申請小売価格をもつて課税標準の基礎とすることも許されるのであつて、これをもつて脱税となるものではないと信じていたものと認めるのが相当である。

四、以上述べたとおり、一定率適用の確認を受けた後は、単価シールによつて明示した小売価格を基礎として課税標準を計算すべきであつたのに、被告人は、右明示した小売価格でない申請小売価格を基礎として課税標準を計算することも許されると信じていたものであるから、結局被告人は、一定率適用について物品税法の規定の解釈を誤り、その結果物品税ほ脱の結果を生ぜしめたものというべきである。そして、右物品税法の規定は、物品税ほ脱に関する刑罰法規の内容をもなしているものと解すべきであるから、被告人の右錯誤は、いわゆる法律の錯誤に当るものというべきである。

ところで、行為者にいわゆる法律の錯誤がある場合には、その錯誤に陥るにつき相当の理由がある場合にのみ犯意を阻却するものと解すべきところ、被告人は被告人会社の代表者であつて物品税の申告をなすべき当面の責任者であること、したがつて、一定率適用の確認を申請するに際しては、その趣旨、内容等を十分理解し、物品税の申告に過誤なきを期すべきは当然の職責であるから、被告人には前記法律の錯誤に陥るにつき相当な理由があつたものとは到底認めることができない。よつて、被告人の右法律の錯誤は物品税ほ脱の犯意を阻却しないものというべきである。

(法令の適用)

被告人両名につき別紙番号ごとに(ただし、被告人会社については番号1ないし9を除く。)物品税法四四条一項一号、四七条(被告人牧野につき罰金刑選択)。刑法四五条前段、四八条二項。同法一八条(主文2)。刑訴法一八一条一項但書。

よつて主文のとおり判決する。

(別紙略)

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